2025年のM-1グランプリで史上初の快挙を成し遂げた「たくろう」のツッコミ担当、きむらバンドさん。
愛媛出身の彼は、どのような経歴を歩んできたのでしょうか。
今回は、きむらバンドさんのwiki経歴と学歴、そして相方の赤木さんと「たくろう」を結成した際のマル秘エピソードを詳しくご紹介します。
木村拓哉さんへの深い敬愛やユニークな趣味など、知られざる魅力にも迫っていきますよ。
Contents
きむらバンドのwiki経歴
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きむらバンドさんの芸人としての歩みは、学生時代から始まっていました。
大学の落語研究会で才能を開花させ、その後NSCに入学します。
ここでは、NSC時代から現在の「たくろう」での活躍まで、詳しく見ていきましょう。
NSC時代と前コンビ「バンドワゴン」
松山大学を中退後、きむらバンドさんは本格的にお笑いの道へ進むことを決意しました。
NSC大阪校36期生として入学し、卒業後は37期生のアシスタントを務めています。
この時に出会ったのが、後の相方となる赤木裕さんでした。
2014年6月、きむらバンドさんは杉元修平さん(現・カンタービレ)と「バンドワゴン」というコンビを結成します。
しかし約1年後の2015年9月に解散。
当時のSNS投稿では「ソロデビューするきむらバンドもよろしく」というコメントを残しており、既に現在の芸名で活動していたことが分かります。
コンビ解散という挫折を経験したきむらバンドさん。
この経験が、次のステップへの糧となったのでしょう。
「たくろう」結成と躍進
2016年3月9日、きむらバンドさんはNSCの1年後輩である赤木裕さんと「たくろう」を結成しました。
赤木裕さんの独特なキャラクターを引き出すきむらバンドさんのツッコミが高く評価され、結成当初から注目を集めます。
結成年である2016年には早くも「Kakeru翔GP」で優勝。
2018年には「第39回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール」で新人漫才福笑大賞を受賞し、同年のM-1グランプリでは準決勝進出を果たしています。
その後、第8回ytv漫才新人賞で準優勝、第54回NHK上方漫才コンテストでも準優勝と、着実に実績を重ねてきました。
そして2025年、ついにM-1グランプリ決勝の舞台へ。
史上最多11,521組の頂点に立ち、審査員9人中8人が1位に選ぶという圧倒的な支持を得て優勝を成し遂げたのです。
7年間の苦闘を乗り越えた瞬間でした。
きむらバンドの人物像
ここでは、きむらバンドさんの知られざる一面に迫ります。
木村拓哉さんへの熱烈な思いや、ユニークな趣味について詳しくご紹介しましょう。
木村拓哉への深い敬愛
きむらバンドさんといえば、元SMAPの木村拓哉さんへの熱烈なファンとして有名です。
吉本興業の公式プロフィールには、趣味欄に堂々と「木村拓哉さん鑑賞」と記載されているほど。
毎週欠かさず木村拓哉さんのラジオ番組を聴いているそうですよ。
単なるファンの域を超えて、木村拓哉さんの言葉や振る舞いから芸人としてのインスピレーションを受けているとのこと。
「キムタクイズム」とも呼ばれるその姿勢が、きむらバンドさんの芸風にも影響を与えているのかもしれません。
ちなみに、木村拓哉さんは1988年結成のSMAPのメンバーとして国民的な人気を博し、俳優としても『ロングバケーション』や『ビューティフルライフ』など数々の名作に出演。
2016年のSMAP解散後もソロアーティストとして第一線で活躍を続けています。
そんなトップスターへの憧れが、きむらバンドさんの原動力になっているのでしょう。
趣味
きむらバンドさんには、木村拓哉さん鑑賞以外にも様々な趣味があります。
まず注目すべきは音楽関連です。
高校時代のバンド経験を活かし、ベースとギターの演奏が得意とのこと。
芸名の由来にもなったバンド活動は、今でも特技として生きています。
好きなアーティストには、ロックバンド「ジャパハリネット」の名前も挙がっていますね。
また、ドライブやボートレースといった趣味も持っています。
ボートレースは公営競技の一つで、スリリングな展開が楽しめるスポーツ。
きむらバンドさんも、レースの興奮を楽しんでいるのかもしれません。
さらに特技として「コーラの早飲み」を挙げているのも面白いところ。
こういったユニークな一面が、きむらバンドさんの親しみやすさに繋がっているのでしょう。
「たくろう」結成のマル秘エピソード
ここからは、「たくろう」がどのように誕生したのか、その裏側に迫ります。
コンビ結成のきっかけやコンビ名の由来など、興味深いエピソードが満載ですよ。
コンビ結成のきっかけ
きむらバンドさんと赤木裕さんの出会いは、NSCでの先輩後輩関係でした。
きむらバンドさんが36期、赤木さんが37期。
NSC卒業後、きむらバンドさんが37期生のアシスタントを務めていた際に知り合います。
当時、2人ともそれぞれ別のコンビで活動していました。
きむらバンドさんは前述の「バンドワゴン」、赤木裕さんも「あぶりぽンズ」「ムミムシュウ」といったコンビを経験。
しかし、これらのコンビは解散を迎えることになります。
ここで重要な役割を果たしたのが、お笑いコンビ「チェリー大作戦」でした。
チェリー大作戦の宗安さん(きむらバンドさんと同期のNSC36期)やサンパウロのタケヤさん、そして赤木さんが、きむらバンドさんの実家に泊まりに来るという出来事が。
この交流を通じて、きむらバンドさんと赤木さんの距離が一気に縮まったのです。
仲間との何気ない集まりが、運命のコンビ誕生のきっかけになったなんて、面白いですよね。
コンビ名の由来
「たくろう」というコンビ名には、2人の憧れのスターへの思いが込められています。
きむらバンドさんが敬愛する木村拓哉さんの「たく」、そして赤木さんが憧れる元プロ野球選手イチローさんの「ろう」。
この2つを組み合わせて「たくろう」と命名されました。
日本を代表するスター2人の名前が融合した、とても縁起の良いコンビ名ですね。
2人の「こんな存在になりたい」という思いが、コンビ名に込められているのです。
この名前を背負って、本当にトップに立つという夢を実現したのですから、感慨深いものがあります。
結成後の歩み
コンビ結成後、たくろうは着実に実績を積み重ねていきました。
数々の賞レースで結果を残し、その実力を証明してきたのです。
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結成年の2016年から早くも「Kakeru翔GP」で優勝を果たし、幸先の良いスタートを切りました。
2018年には「第39回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール」で大賞を獲得し、同年M-1グランプリで初めて準決勝に進出しています。
しかし、ここから7年間は決勝の壁を越えられない苦しい時期が続きました。
2019年にytv漫才新人賞で準優勝、2024年にNHK上方漫才コンテストで準優勝と、惜しいところまで行くものの、なかなか優勝には届きません。
それでも諦めずに漫才を磨き続けた結果、2025年についにM-1グランプリ決勝進出、そして優勝という快挙を達成。
赤木さんの「マンゲキの怪人」と呼ばれる独特なキャラクターと、きむらバンドさんの的確なツッコミが織りなす世界観が、ついに日本一と認められたのです。
きむらバンドの学歴
きむらバンドさんの学生時代は、非常にユニークで波乱万丈でした。
小学校から大学まで、それぞれの時期のエピソードをご紹介します。
小学生時代
きむらバンドさんは愛媛県鬼北町で生まれ、10歳頃まで同地で過ごしました。
その後、松山市内に引っ越しており、小学生時代に転校を経験しています。
驚くべきは、幼少期のエピソードです。
小さい頃は非常に可愛らしい容姿だったため、家族から「ジャニーズに入れる」とまで言われていたそう。
しかし、小学2年生頃から前歯が出てきたことで、その夢は儚く散ってしまいました。
この出来事が転機となり、「もう、よしもとしかない!」と考え始めたというから驚きです。
つまり、きむらバンドさんは小学生の段階で既に吉本興業を目指していたことになります。
この早い段階での決意が、今の成功に繋がっているのかもしれませんね。
中学生時代
中学時代のきむらバンドさんには、意外な交友関係がありました。
「めちゃくちゃ怖い番長」と非常に仲が良かったというのです。
本人は「スネ夫とジャイアンみたいな感じ」と表現しています。
ドラえもんのキャラクターに例えるあたり、ユーモラスな関係性だったのでしょう。
番長との友情が、きむらバンドさんのコミュニケーション能力を育てたのかもしれません。
具体的な中学校名は公表されていませんが、松山市内の公立中学校に通っていたと考えられます。
高校生時代
愛媛県立松山中央高等学校を卒業したきむらバンドさん。
この高校は進学校として知られており、ヤンキーのような生徒がいない環境だったといいます。
高校時代は部活には所属せず、バンド活動に打ち込んでいました。
学校が終わると家に帰り、楽器と戯れる日々。
この頃のきむらバンドさんは、「俺はみんなとは違うんだ。俺はスゴい!」と、何もすごくないのに勝手に青春をこじらせてしまったパターンだったと振り返っています。
「ちょっとトガってた」時期だったのですね。
しかし、3年生になってから「友だちをもっと作りたい」と考えるようになり、そこから落ち着いて楽しい高校生活を送れるようになったそうです。
この時期の経験が、人間的な成長に繋がったのでしょう。
芸名「きむらバンド」は、この高校時代のバンド活動に由来しています。
大学生時代
松山大学に進学したきむらバンドさんですが、後に中退しています。
入学当初は高校時代に続いてバンド活動を続けるつもりでした。
ところが、落語研究部(落研)と出会い、漫才やコントの世界に足を踏み入れることに。
当時の落研は廃部寸前の状態でしたが、きむらバンドさんが中心となって活動を活性化させ、部員を大幅に増やし、全国大会に出場するまでにサークルを成長させました。
このリーダーシップと実行力は本当に素晴らしいですよね。
大学在学中から地元愛媛のケーブルテレビに出演するなど、ローカルタレントとして活動もしていました。
こうした経験が、後の芸人としてのキャリアの基礎となったのです。
そして、お笑い芸人への道を本格的に志し、松山大学を中退してNSC大阪校36期に入学。
人生の大きな決断でしたが、見事にその決断を正解にしてみせました。
まとめ
きむらバンドさんは、愛媛県出身で小学生の頃から芸能界を意識していた逸材でした。
大学時代に落語研究部を立て直すリーダーシップを発揮し、NSCを経て「たくろう」を結成。
木村拓哉さんとイチローさんという2人の憧れのスターの名前を冠したコンビ名で、7年間の苦闘を乗り越えM-1グランプリ優勝を達成しました。
木村拓哉さんへの深い敬愛や音楽への情熱など、多彩な魅力を持つきむらバンドさん。
今後のさらなる活躍が楽しみです。







