赤木裕のwiki経歴と学歴!プロ野球選手を目指した学生時代と憧れのイチロー!

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お笑いコンビ「たくろう」のボケ担当・赤木裕さんが、2025年12月21日に開催されたM-1グランプリで見事優勝を飾りました!

初の決勝進出での快挙に日本中が沸き立っています。

赤木裕さんのwiki風プロフィールや経歴、そして学生時代にプロ野球選手を目指していたエピソード、さらには憧れのイチロー選手への想いまで、詳しくご紹介していきます。

夢破れた野球の道から笑いの世界へ転身し、頂点を極めた彼の軌跡に迫ります。

赤木裕のwiki経歴

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お笑いコンビ「たくろう」として活躍する赤木裕さんは、1991年10月24日生まれの34歳です。

滋賀県大津市出身で、吉本興業に所属しています。

  • 本名:赤木裕(あかぎ ゆう)
  • 生年月日:1991年10月24日
  • 年齢:34歳(2025年時点)
  • 出身地:滋賀県大津市
  • 身長:171cm
  • 体重:48kg
  • 血液型:O型
  • 所属事務所:吉本興業
  • コンビ名:たくろう(ボケ担当)
  • 出身:NSC大阪校37期

趣味は野球観戦、空手、『実況パワフルプロ野球』、漫画『ONE PIECE』、滋賀の高校野球応援など多岐にわたります。

特技はペン回し、空手の板割り、歌唱と多彩な才能を持っているんですね。

野球への熱い想いは芸人になった今も変わらず、巨人ファンとしても知られています。

NSC時代とコンビ結成

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京都産業大学経営学部を卒業した赤木裕さんは、2014年にNSC大阪校37期生として入学しました。

実は大学3回生の頃から、地元の友人と漫才コンビを組んでライブハウスに出演していたそうです。

早くから笑いの世界に魅力を感じていたんですね。

NSC卒業後はピンで活動していましたが、2016年3月に運命的な出会いが訪れます。

NSC36期生の先輩であるきむらバンドさんから「赤木ってヤツがおもしろいらしい」という噂を聞いて声をかけられ、コンビ「たくろう」を結成することになりました。

きむらバンドさんの慧眼が光りますね!

コンビ名の由来がまた素敵なんです。

きむらバンドさんが敬愛する木村拓哉の「たく」と、赤木裕さんが憧れてやまないイチロー選手の「ろう」を組み合わせて「たくろう」と命名されました。

二人の憧れの人物の名前が込められているなんて、ファンとしても嬉しくなる命名ですよね。

芸風としては主にボケを担当していますが、時々ツッコミも行います。

ネタ作りは赤木裕さんが主導しつつ、二人で協力して仕上げるスタイルです。

日常会話の中で別のことを考えている時に、ふとユニークなボケの言葉が浮かんでくるのだとか。

独特な間と空気を読む力が持ち味となっています。

受賞歴とM-1グランプリでの躍進

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コンビ結成後、「たくろう」は着実に実績を積み重ねていきました。

2016年8月にはよしもと漫才劇場主催の「Kakeru翔GP」で優勝を果たします。

その後も快進撃は続き、2018年には「第39回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール」で新人漫才福笑大賞を受賞しました。

M-1グランプリへの挑戦は2018年に初めて準決勝進出を果たしたのが最初です。

しかしそこから決勝の壁は厚く、7年間という長い下積み期間を経験することになります。

臥薪嘗胆の日々だったでしょうね。

そして迎えた2025年のM-1グランプリ。

史上最多となる1万1521組が参加した大会で、ついに初の決勝進出を果たしました!

決勝ファーストラウンドでは、母校の京都産業大学を「KSD」と略すネタを披露し、861点という高得点を記録します。

SNSでも大きな話題となり、母校の公式アカウントからも祝福のメッセージが届きました。

最終決戦ではエバース、ドンデコルテという強豪との三つ巴の戦いとなりましたが、審査員9人中8人の支持を獲得して見事優勝!

初の決勝進出での栄冠という快挙を成し遂げたんです。

優勝の瞬間、赤木さんが「来年は出ませーん」とコメントして会場を笑わせたのも印象的でした。

記者会見では「とにかく笑ってもらえるネタをしましょう、となれた」と手応えを語っています。

必要だった7年間が、確かな成長につながったんですね。

赤木裕の学歴

ここからは赤木裕さんの学生時代を詳しく見ていきましょう。

野球一筋だった少年時代から、挫折を経て笑いへと目覚めていく過程は非常に興味深いものがあります。

小学生時代

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赤木さんは滋賀県の野洲市立野洲小学校に入学しましたが、途中で大津市立平野小学校へ転校しています。

転校という環境の変化を経験しながらも、友人関係をしっかり築いていく適応力の高さを見せていました。

小学生の頃から空手と野球を習っており、スポーツ少年として活発な日々を送っていたようです。

体を動かすことが大好きだったんですね。

注目したいところは、小学6年生の文化祭で既に漫才を披露していたこと!

この時点で笑いの才能の片鱗を見せていたのは驚きです。

また、ゲーム好きな一面もあり、『実況パワフルプロ野球』は当時から現在まで続く趣味となっています。

野球好きらしい選択ですよね。

中学生時代

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大津市立打出中学校に進学した赤木さん。

この学校は俳優の林遣都さんや吉本新喜劇の末成映薫さんも輩出した、まさに「スター中学」です。

林遣都さんの1学年下の後輩という関係だったそうですよ。

中学時代も野球部に所属し、毎日の練習に真面目に取り組んでいました。

仲間と過ごす時間や努力する日々が、後の芸人人生の礎になったと思われます。

この時期に笑いを「生きる術」として使い始め、周囲の空気を読む力を磨いていったんですね。

面白いエピソードとして、自宅が友人たちの溜まり場となり「遊園地」化したという話があります。

赤木裕さんが冗談で「うちは遊園地やから」と言ったところ、母親が「この家は遊園地や!!」と怒ったそうです。

ところがこの話が伝わる過程で誤解が生まれ、「自宅を遊園地だと言い張る母親」という面白い逸話になってしまったとか。

すでに笑いのセンスが光っていますね!

高校生時代

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光泉カトリック高等学校(旧・光泉高等学校)に進学した赤木さん。

実は滋賀県の公立高校受験に失敗してこの私立高校に入学したという経緯があります。

人生の最初の挫折だったかもしれません。

高校時代で最も重要なのが、野球部での経験です。

赤木裕さんは本気でプロ野球選手を夢見て練習に励んでいました。

ところが高校3年生の夏を目前に、監督から「野球が下手すぎるから」という率直な理由で戦力外通告を受けてしまいます。

選手からマネージャーへの転向を告げられた瞬間、バッティングマシンのボールが当たってバットが吹っ飛んだというエピソードは切なくも印象的です。

テンパって「はい!」と返事してしまい、逃げ出した赤木裕さん。

しかし春の大会敗退後に改めて説得され、気持ちが折れてマネージャーになることを決意しました。

選手の飲むドリンクを毎日タンクで作る日々が始まります。

粉ポカリを目分量で最適な味にする技術が身についたそうですが、これぞまさに「努力の方向性のズレ」ですよね。

この挫折体験が「今に見てろよ」という反骨精神を芽生えさせ、人生の一発逆転を狙うきっかけとなりました。

選手として勝てない場所で役割を変えてチームに残る選択が、そのまま芸人キャリアに重なっているのは興味深いです。

M-1優勝後、母校の野球部から「まさか芸人に、まさか優勝するとは」という祝福のメッセージが届いたのも感慨深いですね。

大学生時代

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京都産業大学経営学部に進学した赤木さん。

知り合いが一人もいない状態での入学で、孤独感に襲われたそうです。

小中高と野球部の仲間と群れていたため、一人でいる状況は想像以上に辛かったんでしょうね。

しかしオリエンテーションで運命的な再会を果たします。

中学校の同級生「ピコリ」と偶然出会い、状況が一変しました。

ピコリが高校の同級生「チョコ」という友人を紹介してくれて、3人でつるむようになります。

同じ授業を取り、休み時間には一緒にご飯を食べ、「影のあるとこ歩いたら死ぬゲーム」をしながらキャンパスをフラフラ歩いていたとか。

微笑ましい光景です!

出会い目的で月2回京都を散策するサークルに入りましたが、女子に免疫のない3人は後ろでしゃべるばかりで、金閣寺を眺めて1日で辞めてしまったそうです。

卒業間際にチョコから「俺、赤木とずっと一緒におったから女絡みなかったと思うねん」と言われ、赤木さんは「各々に責任はある」と返したとか。

この経験から「大学デビューを恥ずかしがらずに思いっきりデビュー」することの重要性を学んだと語っています。

大学時代には草野球サークルを立ち上げて代表を務めたという情報もあり、野球への情熱は続いていたようです。

そして大学3回生の時には地元の友人と漫才コンビを組み、ライブハウスでネタを披露する活動も開始します。

この経験が芸人への道を確実なものにしていったんですね。

まとめ

赤木裕さんのwiki経歴と学歴を見てきました。

滋賀県大津市出身の34歳で、NSC大阪校37期生としてお笑いの世界に飛び込み、相方のきむらバンドさんと2016年にコンビ「たくろう」を結成しています。

学生時代はプロ野球選手を夢見て努力を重ねましたが、高校3年生で戦力外通告という挫折を経験しました。

しかしこの経験が反骨精神を生み、お笑いで一発逆転を狙うきっかけに。

憧れのイチロー選手の名前をコンビ名に冠し、2025年M-1グランプリで見事優勝を果たした彼の軌跡は、まさに感動のストーリーですね!

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