女子スキージャンプ界の注目選手、丸山希選手の実家は長野県野沢温泉村にある民宿「丸賢山荘」です。
父親と兄が中心となって経営するこの民宿が、丸山希選手の競技生活を支える基盤となっています。
家族構成は父、母(故人)、兄、姉との3兄弟の5人家族で、温かい家族の絆が彼女のアスリート人生を形作ってきました。
今回は丸山希選手を育んだ家族について詳しくご紹介します。
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丸山希の実家は民宿「丸賢山荘」を経営
丸山希選手の実家は、長野県野沢温泉村で民宿「丸賢山荘」を営んでいます。
この民宿は父親の守さんと兄の雄さんが中心となり運営しており、温泉とスキーで有名な野沢温泉村の観光業を支える一軒です。
民宿業という家業が、遠征費や用具代など多額の費用がかかるスキージャンプ競技を続けるための、安定した経済基盤を提供してきたと言えるでしょう。
民宿の立地も丸山希選手の成長に大きく影響を与えました。
実家から野沢温泉スキー場のジャンプ台までは、なんとわずか5分という近さなのです。
学校が終わればすぐにジャンプ台へ向かえるこの環境は、幼少期からスキーに親しむ絶好の条件でした。
スキージャンプの聖地で育ったことが、世界で戦うトップアスリートへの道を開いたのですね。
民宿「丸賢山荘」の中には、丸山希選手が獲得してきた数々のトロフィーが飾られています。
ただし、すべてではなく丸山希選手本人が「残しておいて」と頼んだものだけを大切に展示しているそうです。
娘の意思を尊重する家族の姿勢が、このエピソードからも伝わってきます。
丸山希の家族構成
丸山希選手は、父、母(故人)、兄、姉の5人家族で育ちました。
3人きょうだいの末っ子として、兄姉の背中を追いかけながら成長してきたのです。
ウィンタースポーツが盛んな野沢温泉村という土地柄もあり、家族全員がスキーに親しむ環境が自然とありました。
6歳年上の兄と3歳年上の姉がいる末っ子という立場は、丸山希選手の性格形成に大きな影響を与えています。
兄姉に負けたくないという強い競争心が、彼女の負けず嫌いな性格を育てました。
この負けず嫌いの精神こそが、世界のトップで戦うための原動力となっているのでしょう。
家族それぞれが丸山希選手の競技人生において重要な役割を果たしてきました。
父は経済的支援と精神的な支え、母は最大の応援者として、そして兄姉はスキージャンプへの道を開いた先導者として。
温かい家族の絆が、彼女を世界の舞台へと導いたのです。
丸山希の両親
丸山希選手の両親は、それぞれ異なる形で娘を支えてきました。
父親の守さんは温かく見守る理解者として、母親の信子さん(故人)は厳しくも最大の応援者として。
二人の教育方針が組み合わさることで、丸山希選手の強い精神力が培われていきました。
父親:丸山守さん
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父親の丸山守さんは、民宿「丸賢山荘」を経営しながら娘の競技生活を全面的にバックアップしてきた方です。
守さんは娘の性格について「陽気でムードメーカーな面と、負けず嫌いな一面がある」と分析しており、娘の個性を深く理解していることが分かります。
2026年ミラノ・コルティナ五輪を前にした壮行会では、守さんは印象的な言葉を娘に送りました。
「1メートルでも遠くへ、そして誰よりも美しく飛んでくれると信じております」。
この言葉からは、単なる記録だけでなく、ジャンプの美しさや技術の質も大切にしてほしいという父親の願いが伝わってきますね。
守さんの教育スタイルは、娘の自主性を尊重する姿勢が特徴的です。
口を出しすぎることなく温かく見守り、娘が自分で考えて決断する力を育ててきました。
メディアの取材や壮行会にも積極的に参加し、娘への深い愛情を表現しています。
母親:故・丸山信子さん
母親の信子さんは、丸山希選手にとって最も大きな精神的支柱でした。
残念ながら信子さんは2017年1月10日、丸山希選手が明治大学1年生の時にガンのため50歳という若さで亡くなられました。
しかし、その影響は今も丸山希選手の心に深く刻まれています。
信子さんが娘に繰り返し伝えた言葉が「何かで一番になりなさい」でした。
この言葉は単なる励ましではなく、明確な目標を持って努力することの大切さを教える教育理念だったのです。
丸山希選手は「兄と姉にはすごく優しいのに、私はよく怒られてた」と振り返っており、末っ子への特別な期待がかけられていたことが伺えます。
厳しい一面を示すエピソードもあります。
高校2年生の時、家の手伝いをしなかったことに激怒した信子さんは、なんと大学の願書を破り捨ててしまったそうです。
競技だけでなく家庭での責任も果たすべきだという、母親の強い信念が表れた出来事でした。
それでも信子さんは娘の「1番の応援団」でした。
闘病中であっても試合会場へ足を運び、声援を送り続けたのです。
亡くなる2か月前の大会にも駆けつけており、最後まで娘を応援する姿勢を貫きました。
丸山希選手は母の命日に優勝した際、「厳しくも優しく、競技は一番応援してくれた。私もこういうお母さんになりたい」と涙ながらに語っています。
両親の教育方針は?
丸山希選手の両親の教育方針は、対照的でありながら見事に補完し合っていました。
母・信子さんの方針は「何かで一番になりなさい」という明確な目標設定と、厳しい指導が特徴です。
一方、父・守さんは娘の個性を理解し、温かく見守る姿勢を大切にしてきました。
信子さんの厳しさは、娘に高い目標を持たせ、妥協しない姿勢を育てることにつながりました。
末っ子である丸山希選手に対して特に厳しく接したのは、彼女の潜在能力を信じていたからこそでしょう。
家庭での責任を果たすことも競技と同じくらい重視する教育は、人間としての成長を促すものでした。
一方の守さんは、娘の自主性を尊重し安心して挑戦できる環境を提供しました。
民宿経営という家業を通じて経済的支援を行いながらも、口出しし過ぎず娘の決断を見守る。
このバランスの取れた教育方針が、丸山希選手の精神的な強さの基盤となったのです。
両親の教育の成果は、2021年の大怪我からの復活劇に表れています。
左膝前十字靱帯断裂という重傷を負いながらも諦めず、世界のトップへ駆け上がった強さ。
これは母の「一番になりなさい」という教えと、父の見守る愛情が育んだ精神力の結晶と言えるでしょう。
丸山希は3兄弟
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丸山希選手には6歳年上の兄・雄さんと、3歳年上の姉・純さんがいます。
3人きょうだいの末っ子として、兄姉の影響を受けながら育ってきました。
実は、丸山希選手がスキージャンプを始めたきっかけも、この兄姉の存在が大きく関わっているのです。
兄:丸山雄さん
兄の雄さんは、元ノルディック複合の選手で、家族の中で最初に本格的にスキー競技に取り組んだ人物です。
雄さんがスキージャンプを始めたことが、姉、そして丸山希選手へと競技が受け継がれていく流れを作りました。
現在の雄さんは、2024年11月末に東京の会社を退職し、実家に戻って父・守さんと共に民宿「丸賢山荘」の経営に携わっています。
家業を継ぐことで、妹の競技生活を支える基盤作りにも貢献しているのですね。
ミラノ・コルティナ五輪を前に、雄さんは妹について「急に覚醒したなっていうふうに自分は見てます」と語りました。
そして「オリンピックは一握りのスポーツ選手しか立つことができない舞台。自分が納得できるかたちで力を発揮して、これからの人生の糧になるような経験を積んできてほしい」とエールを送っています。
結果だけでなく経験そのものを大切にしてほしいという、兄としての深い愛情が感じられる言葉です。
姉:丸山純さん
3歳年上の姉・純さんは、丸山希選手がスキージャンプの世界に入る直接的なきっかけを作った人物です。
兄の影響でスキージャンプを始めた純さんが、幼い丸山希選手を練習に誘ったことから、すべてが始まりました。
丸山希選手本人によると「姉がはじめた時にクラブチームに女の子がいなかったので一緒に行こうって言われて無理やり手を引っ張られて最初ジャンプ台に行った」とのこと。
当時、女子選手が少なかったクラブチームで、姉は妹を仲間として迎え入れたのです。
また、姉は単なる導き手ではなく、身近なライバルでもありました。
わずか3歳差という近い年齢で同じ競技に取り組む中で、姉に負けたくないという強い気持ちが芽生えます。
この競争心が、丸山希選手の負けず嫌いな性格を形成し、才能を大きく伸ばす原動力になったのでしょう。
兄弟との思い出
丸山希選手の幼少期は、兄姉と共にスキーに親しむ日々でした。
実家から野沢温泉スキー場のジャンプ台まで5分という立地を生かし、学校が終わると3人で一緒にジャンプ台に通う生活が当たり前だったそうです。
野沢温泉スキークラブで指導していた方によると「保育園の頃からお兄ちゃんとお姉ちゃんについてお弁当を持って来ていました」とのこと。
丸山希選手は本格的に競技を始める前から、兄姉の練習について行き、自然とスキージャンプに親しんでいたのですね。
家族でスキーを楽しむことが日常だった環境が、トップアスリートとしての基盤を築きました。
兄と姉と一緒に雪山で遊び、切磋琢磨しながら成長できた環境こそが、丸山希選手の最大の財産だったと言えるでしょう。
保育園の頃から自然とスキージャンプに触れ、兄姉の背中を追いかけて育った経験が、今の彼女を作り上げたのです。
まとめ
丸山希選手の実家は長野県野沢温泉村で民宿「丸賢山荘」を経営し、父と兄が中心となって家業を支えています。
両親と3兄弟の5人家族という温かい環境で育った丸山希選手は、母の「何かで一番になりなさい」という教えと父の見守る愛情、そして兄姉の影響でスキージャンプの道へ進みました。
家族全員の支えが、世界のトップで戦う彼女の強さの源となっているのです。



