平野歩夢選手は、スノーボード・ハーフパイプで世界のトップに立つ日本のアスリートです。
経歴を見ると、2022年北京オリンピックで得意技「トリプルコーク1440」を決めて悲願の金メダルを獲得しました。
15歳でソチ五輪銀メダル、平昌五輪でも銀メダルを手にし、3度目の正直で頂点に到達した姿には胸が熱くなります。
学歴も新潟県内の学校から日本大学まで、競技と学業を両立させてきた努力の跡が見て取れるでしょう。
Contents
平野歩夢のwiki経歴
|
平野歩夢選手は新潟県村上市で生まれ育ち、父親が経営するサーフショップの環境で幼い頃からボードスポーツに親しんできました。
3歳年上の兄の影響で4歳からスノーボードとスケートボードを始め、わずか9歳でプロ契約を結ぶという驚異的な才能を発揮しています。
「歩夢」という名前は「夢を歩む」という願いを込めて母親が名付けたもので、まさにその名の通り、夢に向かって突き進んできたアスリートと言えるでしょう。
オリンピックでの成績(スノーボード・ハーフパイプ)
平野歩夢選手のオリンピックでの活躍は目を見張るものがあります。
初めてオリンピックの舞台に立ったのは2014年ソチ大会で、当時まだ15歳という若さでした。
決勝では堂々とした滑りを披露し、見事銀メダルを獲得。
この記録は冬季オリンピックにおける日本人最年少メダリストとして、今もなお語り継がれているのです。
4年後の2018年平昌オリンピックでは、さらに進化した技術を武器に再び銀メダルを手にしました。
決勝では高難度の技を連続で決め、一時は首位に立つ展開を見せます。
最終的には逆転を許したものの、2大会連続でのメダル獲得は世界トップクラスの実力を証明する結果となりました。
そして2022年北京オリンピックで、ついに念願の金メダルを獲得したのです。
この快挙については後ほど詳しくご紹介しますが、3度目のオリンピックで頂点に立った姿には多くの人が感動したことでしょう。
二刀流への挑戦!スケートボードでのオリンピック出場
平野歩夢選手の挑戦はスノーボードだけにとどまりませんでした。
2021年に開催された東京オリンピックでは、新競技となったスケートボード・パーク種目に出場しています。
スノーボードと並行してスケートボードも続けてきた平野歩夢選手にとって、これは大きなチャレンジでした。
結果は予選敗退となりましたが、夏と冬の両方のオリンピックに出場するという偉業を成し遂げたのです。
これは日本人アスリートとして史上5人目という快挙であり、平野歩夢選手の運動能力の高さを示す証拠と言えます。
東京五輪から北京五輪まではわずか半年しかなく、この短期間で両方の競技に全力で取り組んだ姿勢には頭が下がる思いです。
この二刀流への挑戦は、平野歩夢選手の精神面での成長にも大きく寄与しました。
誰も歩んだことのない道を自ら切り開いていく強い意志が、後の金メダル獲得につながったのではないでしょうか。
悲願の金メダルと「トリプルコーク1440」
2022年北京オリンピックでの金メダル獲得は、平野歩夢選手のキャリアにおける最高の瞬間でした。
この快挙の鍵となったのが、得意技「トリプルコーク1440」です。
この技は縦に3回転、横に4回転するという超高難度のトリックで、平野歩夢選手が世界で初めて競技会で成功させました。
北京オリンピックの決勝では、弟の海祝選手と共に出場する形となります。
1本目でトリプルコーク1440を成功させたものの、着地でわずかなミスがあり得点が伸び悩みました。
2本目では完璧な演技を披露したにもかかわらず、予想外に低い点数が出て世界中で議論を呼ぶ展開に。
しかし平野歩夢選手は動じることなく、最終の3本目で再び同じ技を、より高さと完成度を増して決めてみせたのです。
96.00という圧倒的なスコアで逆転優勝を果たした瞬間、長年の夢がついに叶いました。
日本人スノーボーダーとして初のオリンピック金メダルという歴史的快挙に、私も思わず涙が出そうになったことを覚えています。
この功績により、平野歩夢選手は2022年に紫綬褒章を受章しました。
主な戦歴・受賞歴
平野歩夢選手の輝かしい戦歴は、オリンピックだけにとどまりません。
世界最高峰の大会で常に上位に食い込み、数々のタイトルを獲得してきました。
14歳で出場した2013年のX Games Aspenでは銀メダルを獲得し、史上最年少メダリストという記録を樹立しています。
この時すでに、レジェンドのショーン・ホワイト選手と肩を並べる実力を見せつけました。
2016年にはX Games Osloで優勝し、日本人として初めてX Gamesの金メダルを手にする快挙を達成。
2018年にもX Games Aspenで優勝するなど、世界のトップシーンで活躍を続けてきたのです。
その他にもFISワールドカップやDew Tour、Burton US OPENなどの主要大会で優勝を重ねています。
2024年から2025年のシーズンも精力的に活動しており、The Snow Leagueでは総合ランキング上位につけるなど、今なお第一線で戦い続けているのが素晴らしいですね!
| 年 | 大会名 | 結果 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2013年 | X Games Aspen | 銀メダル | 14歳で史上最年少メダリスト |
| 2014年 | ソチ冬季五輪 | 銀メダル | 日本人冬季五輪最年少記録 |
| 2016年 | X Games Oslo | 金メダル | 日本人初のX Games冬季金メダル |
| 2018年 | X Games Aspen | 金メダル | 世界最高峰の舞台で優勝 |
| 2018年 | 平昌冬季五輪 | 銀メダル | 2大会連続メダル |
| 2018年 | Burton US OPEN | 優勝 | メジャー大会制覇 |
| 2021年 | 東京夏季五輪 | 出場 | スケートボード・パーク種目 |
| 2022年 | 北京冬季五輪 | 金メダル | 日本人初の快挙 |
| 2022年 | 紫綬褒章 | 受章 | 国家からの栄誉 |
| 2024-2025年 | The Snow League | 総合2位 | 現役トップ選手として活躍中 |
BurtonやMonster Energy、Oakley、UNIQLOといった世界的ブランドからスポンサードを受けており、その影響力はスポーツ界を超えて広がっています。
2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックでの4大会連続メダル獲得が期待されており、今後のさらなる活躍から目が離せませんね。
平野歩夢の学歴
平野歩夢選手の学歴を見ていくと、地元新潟県で学びながら世界を舞台に活躍してきた道のりが見えてきます。
競技に打ち込みながらも学業をおろそかにせず、バランスの取れた成長を遂げてきた姿勢が印象的です。
小学生時代
平野歩夢選手は新潟県村上市立村上南小学校を卒業しました。
この小学校は地域に根ざした教育が特徴で、子どもたちがのびのびと学べる環境が整っています。
小学生時代の平野歩夢選手は、すでに世界で戦うアスリートとしての片鱗を見せていました。
なんと小学4年生という若さで、大手スノーボードメーカーのバートンとプロ契約を結んだのです。
2008年のことですから、当時9歳だったことになります。
この異例の早さでのプロ契約は、平野歩夢選手の才能がいかに際立っていたかを物語っているでしょう。
小学6年生の時には、Burton US OPENのジュニアジャムで優勝を果たしました。
翌年も同大会で連覇を達成し、しかも史上最高得点を記録するという快挙を成し遂げています。
まだ小学生だったにもかかわらず、すでに世界レベルの技術を持っていたことがわかりますね。
中学生時代
小学校を卒業後、平野歩夢選手は村上市立村上第一中学校に進学しました。
この中学校は「一中ウォーク」や「華麗祭」といった特色ある行事で知られています。
中学時代は、平野歩夢選手が世界のトップシーンに躍り出た時期です。
部活動には所属せず、父親が運営するスケート場やスキー場で練習を積み重ねていました。
中学2年生の時、X Games Aspenでスノーボード史上最年少の銀メダリストとなり、世界中にその名を轟かせます。
そして中学3年生でソチオリンピックに出場し、15歳という若さで銀メダルを獲得しました。
実は怪我を抱えていて十分な練習ができていない状態だったそうですが、それでもこの結果を出したのは驚異的です。
本人も「自分らしい滑りができて楽しかった」とコメントしており、プレッシャーを楽しみに変える強いメンタルを持っていたことがうかがえますね。
高校生時代
平野歩夢選手は2014年4月に開志国際高等学校のアスリートコースに入学し、2017年3月に卒業しました。
同校は新潟県胎内市にあり、スポーツ教育に力を入れていることで知られています。
開志国際高等学校の一期生として入学した平野歩夢選手は、在学中も世界各地の大会に出場し続けました。
少人数制のクラス編成できめ細やかな指導を受けられる環境で、競技と学業の両立を図っていたのです。
高校時代には大きな怪我にも見舞われています。
肝臓の内部破裂や左膝の靱帯損傷で2ヶ月の絶対安静を言い渡されるという厳しい経験をしました。
しかしこの困難を乗り越え、2016年にはX Games Osloで日本人初の優勝を果たし、2018年の平昌オリンピックでは2大会連続の銀メダルを獲得したのです。
同級生の証言によると、体育の授業でソフトボールをした時も強打者だったそうで、スポーツ神経の良さは競技以外の場面でも発揮されていたようですね。
大学生時代
高校卒業後、平野歩夢選手は2017年4月に日本大学スポーツ科学部に入学し、2021年3月に卒業しています。
大学入学にあたって、平野歩夢選手のリクエストによりスケートボードのバーチカルランプが大学内に設置されました。
これによってスノーボードとスケートボードの両方のトレーニングを効率的に行える環境が整ったのです。
大学時代最大の挑戦は、2021年の東京オリンピックでスケートボード・パーク種目に出場したことでしょう。
夏冬両方のオリンピック出場という快挙を成し遂げながらも、学業にも真摯に取り組んでいました。
卒業研究では自身の滑走動画を分析し、成功と失敗の要因を研究するという、実践と理論を融合させた内容に取り組んでいます。
大学卒業後の2022年、北京オリンピックで念願の金メダルを獲得し、その後紫綬褒章を受章しました。
学生時代の努力が実を結んだ瞬間と言えるのではないでしょうか。
まとめ
平野歩夢選手のwiki経歴と学歴を見てきましたが、幼い頃からの圧倒的な才能と、それを支える努力の積み重ねが印象的でした。
得意技「トリプルコーク1440」で北京オリンピックの金メダルを獲得した姿は、多くの人に感動を与えたことでしょう。
新潟県の地元校から日本大学まで、競技と学業を両立させながら世界のトップに立った平野歩夢選手の歩みは、まさに「夢を歩む」という名前の通りです。
2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックでのさらなる活躍が楽しみですね!


