日本女子スノーボード界のエース・村瀬心椛選手は、史上最年少でXゲームズのビッグエア種目を制した天才ライダーです。
13歳という若さで世界の頂点に立ち、17歳で北京オリンピック銅メダルを獲得した彼女の快進撃は、今なお続いています。
本記事では、村瀬心椛選手のwiki経歴と学歴について詳しく解説します。
世界を驚かせた数々の偉業と、その裏にある努力の軌跡をご紹介していきましょう。
Contents
村瀬心椛のwiki経歴
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村瀬心椛選手は2004年、岐阜県岐阜市で誕生しました。
スノーボード愛好家の父親の影響を受け、わずか4歳でボードに乗り始めます。
小学4年生でプロ資格を取得するという異例の早さで頭角を現し、その才能は瞬く間に世界中から注目を集めることになりました。
現在は「TOKIOインカラミ スノーボード部」に所属し、2歳年下の妹・由徠選手とともに世界の舞台で活躍を続けています。
村瀬心椛選手のキャリアは、まさに驚異の連続といえるでしょう。
4歳でスノーボードを始めた彼女は、小学1年生でスロープスタイルに取り組み始めます。
国内大会で着実に実績を積み重ね、小学4年生という史上最年少でプロ資格を取得しました。
小学6年生の時には高難度技「バックサイドダブルコーク1080」を成功させ、その映像が世界中で話題になったのです。
幼少期から突出した才能を発揮してきた村瀬心椛選手の経歴について、詳しく見ていきます。
Xゲームズ史上最年少優勝
村瀬心椛選手の名を世界に轟かせた最大の転機は、2018年のXゲームズ・ノルウェー大会でした。
当時わずか13歳4か月という年齢で、世界最高峰のプロ大会であるXゲームズに初出場を果たします。
しかも、ただ出場しただけではありません。
ビッグエア種目で女子として史上初となる大技「バックサイドダブルコーク1260」を見事に決め、初出場にして優勝という偉業を成し遂げたのです。
この快挙はXゲームズ史上最年少優勝記録として刻まれ、世界中のスノーボードファンに衝撃を与えました。
13歳の少女が大人のプロ選手たちを圧倒する姿は、まさに圧巻でしたね。
この大会をきっかけに、村瀬心椛選手は一躍トップライダーの仲間入りを果たしました。
同年にはニュージーランドで開催されたFISジュニア世界選手権でも、スロープスタイルとビッグエアの二冠を達成しています。
北京オリンピック2022
17歳で初のオリンピック舞台に立った村瀬心椛選手は、期待に応える素晴らしい活躍を見せました。
2022年北京冬季オリンピックのビッグエア種目で、見事銅メダルを獲得したのです。
予選を2位で通過すると、決勝では1本目に80.00点、2本目に91.50点という高得点をマークしました。
この銅メダル獲得には、いくつもの歴史的意義があります。
まず、17歳3か月でのメダル獲得は、従来フィギュアスケートの浅田真央選手が持っていた記録を更新し、日本女子冬季五輪史上最年少メダリストとなりました。
さらに、スノーボードのビッグエアおよびスロープスタイル種目において、男女を通じて日本人初のオリンピックメダルという快挙でもあったのです。
一方、スロープスタイル種目では予選2位通過から決勝で10位に終わり、本人は大きな悔しさを感じたと語っています。
この経験が、ビッグエアでのメダル獲得への強い原動力になったといえるでしょう。
女子史上初の大技成功
北京五輪後、村瀬心椛選手は栄光の裏で大きなプレッシャーとも戦っていました。
2023年1月には冬季Xゲームで転倒し、左足首を骨折する大怪我を負います。
手術とリハビリを経て、この困難な時期を乗り越えた彼女は、さらなる高みへと挑戦を続けました。
2023年9月、村瀬心椛選手は女子選手として世界で初めて「バックサイドトリプルコーク1440」の成功に成功します。
そして2025年11月には、さらに半回転多い「バックサイドトリプルコーク1620」という超大技を決めました。
この技は縦3回転、横4回転半という極めて高度なものです。
2026年1月の冬季Xゲームでは、この大技を実戦で成功させ、2大会ぶり3度目の優勝を飾りました。
女子の実戦では世界初となるこの快挙は、村瀬心椛選手が女子スノーボード界の技術革新を牽引する存在であることを証明していますね。
ミラノ・コルティナオリンピックへの展望
2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックで、村瀬心椛選手は悲願の金メダル獲得を目指しています。
ビッグエア予選では2位で決勝進出を決め、好スタートを切りました。
北京五輪での銅メダルから4年、21歳となった村瀬心椛選手は技術も精神面も大きく成長を遂げています。
直近のワールドカップやXゲームズでも優勝を含む好成績を連発しており、コンディションは万全です。
「今回は金メダルを」という本人の強い意気込みも語られています。
スロープスタイルとビッグエアの両種目での表彰台、そして頂点が期待される村瀬心椛選手の挑戦に、世界中の視線が注がれているのです。
妹の由徠選手とともに姉妹でオリンピックに出場することも、彼女の大きな夢の一つとなっています。
主な戦績
2018年
・Xゲームズ・ノルウェー ビッグエア 優勝(史上最年少)
・FISジュニア世界選手権 スロープスタイル 優勝
・FISジュニア世界選手権 ビッグエア 優勝
・全日本選手権 スロープスタイル 優勝
2021年
・FISワールドカップ(クール) ビッグエア 優勝
2022年
・北京冬季オリンピック ビッグエア 銅メダル
・北京冬季オリンピック スロープスタイル 10位
・FISワールドカップ(カルガリー) スロープスタイル 優勝
2024年
・Xゲームズ・アスペン ビッグエア 優勝
2025年
・FIS世界選手権(エンガディン) ビッグエア 優勝
・FIS世界選手権(エンガディン) スロープスタイル 2位
2026年
・Xゲームズ・アスペン ビッグエア 優勝(3度目)
・FISワールドカップ(ラークス) スロープスタイル 優勝
村瀬心椛選手の戦績を見ると、10代前半から世界トップレベルの大会で優勝を重ねてきたことがわかります。
特にXゲームズでは3度の優勝を誇り、世界選手権やワールドカップでも数々のタイトルを獲得してきました。
これらの実績は、彼女が名実ともに世界最高峰の選手であることを示していますね。
村瀬心椛の学歴
村瀬心椛選手は学業と競技を両立させながら成長してきました。
岐阜県内の公立校に通いつつ、世界を舞台に活躍するという多忙な日々を送ってきたのです。
幼少期からプロとして活動していた彼女の学生生活は、どのようなものだったのでしょうか。
村瀬心椛選手の学歴について、各時代のエピソードとともに詳しく紹介していきます。
小学生時代
村瀬心椛選手は岐阜市立合渡小学校に在籍していました。
父親がスノーボード愛好家だったこともあり、週末には必ずゲレンデに連れて行ってもらっていたといいます。
時には片道4時間半をかけて富山県のスキー場まで通うこともあったそうです。
小学1年生の頃からスロープスタイル競技に本格的に取り組み始め、岐阜県内の施設などで練習を重ねていきました。
そして小学4年生という異例の若さでプロ資格を取得します。
これは当時、史上最年少でのプロ転向として大きな話題となりました。
小学6年生の時には「バックサイドダブルコーク1080」という高難度技を成功させ、その動画が世界中に拡散されたのです。
小学生時代は、村瀬心椛選手がスノーボードの基礎を固め、才能を開花させた重要な期間だったといえるでしょう。
中学生時代
地元の岐阜市立岐阜西中学校に進学した村瀬心椛選手は、公立中学に通いながら世界の舞台で戦うという厳しい生活を送っていました。
中学2年生に当たる13歳の時、人生の転機となる出来事が訪れます。
2018年のXゲームズ・ノルウェー大会に初出場し、史上最年少での優勝を達成したのです。
女子として初めて「バックサイドダブルコーク1260」を成功させたこの快挙は、世界中に衝撃を与えました。
同年にはニュージーランドのFISジュニア世界選手権でも二冠を達成し、国際的なトップアスリートとしての地位を確立します。
海外での大会参加と学業の両立は容易ではなかったはずですが、彼女は見事にやり遂げていきました。
中学時代は、村瀬心椛選手が日本国内から世界へと飛躍を遂げた、まさに転換期だったのです。
高校生時代
岐阜第一高等学校の普通科スポーツコースに進学した村瀬心椛選手は、在学中はスキー部に所属していました。
2年生の時、彼女の高校生活で最も大きな出来事が起こります。
2022年1月、北京冬季オリンピックへの出場が正式に決定したのです。
最後の登校日となった2021年11月、クラスメート全員が心を込めたメッセージを書いた手作りメダルをプレゼントしてくれました。
この時、村瀬心椛選手は涙を流しながら「この学校に来て良かった」と感謝の気持ちを伝えたそうです。
そして2022年2月、17歳の現役高校生としてオリンピックのビッグエアで銅メダルを獲得しました。
帰国後の報告会では、応援してくれた先生や友達、家族への恩返しができたと喜びを語っています。
2023年3月に高校を卒業した後、村瀬心椛選手は大学に進学せず、スノーボード競技に専念する道を選びました。
既に世界トップクラスの実績を残していた彼女にとって、さらなる高みを目指すにはこの選択が最適だったのでしょう。
まとめ
村瀬心椛選手は13歳でXゲームズ史上最年少優勝を果たし、17歳で北京オリンピック銅メダルを獲得した日本が誇る天才スノーボーダーです。
女子初の超大技を次々と成功させ、技術革新の最前線を走り続けています。
岐阜県の公立校で学びながら世界と戦ってきた彼女の軌跡は、多くの人々に感動を与えてきました。
2026年ミラノ・コルティナ五輪での金メダル獲得に向け、村瀬心椛選手の挑戦は続いていきます。

