スピードスケート界のエース・高木美帆選手は、3人兄弟の5人家族で育ちました。
実は、姉は元オリンピック金メダリストの高木菜那さんです。
北海道幕別町で暮らす高木家では、兄弟全員がスケートに取り組んできました。
家族それぞれの役割と深い絆が、高木美帆選手を世界トップアスリートへと導いたのです。
今回は、そんな高木美帆選手を支える5人家族について詳しくご紹介します。
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高木美帆の家族構成
高木美帆選手の家族は、父・愛徳さん、母・美佐子さん、兄・大輔さん、姉・菜那さんの5人家族です。
全員が北海道中川郡幕別町に暮らしており、きょうだい3人全員がスピードスケートの経験を持つスケート一家として知られています。
| 続柄 | 氏名 | 年齢(2026年2月時点) | 主な職業・経歴 |
|---|---|---|---|
| 父 | 高木愛徳 | 68歳 | 農機具メーカー勤務の会社員 |
| 母 | 高木美佐子 | – | 介護施設勤務、元陸上選手 |
| 兄 | 高木大輔 | – | 元スピードスケート選手、中学校保健体育教師 |
| 姉 | 高木菜那 | 32歳 | 元スピードスケート選手、オリンピック金メダリスト |
| 本人 | 高木美帆 | 31歳 | スピードスケート選手、オリンピック金メダリスト |
特筆すべきは、兄の影響でスケートを始めた姉妹が、ともにオリンピックで金メダルを獲得したことです。
これは夏季冬季を通じて日本初の姉妹金メダリストという歴史的快挙でした。
家族全員がスポーツに理解を示し、互いを支え合う環境が、世界レベルの選手を2人も育てたのでしょう。
高木美帆の両親
高木美帆選手の両親は、スケートの経験こそありませんが、子どもたちの自主性を尊重する独自の教育方針で3人を育ててきました。
父:愛徳さん
父親の愛徳(よしのり)さんは、北海道幕別町で農機具メーカー「東洋農機」に長年勤務している会社員です。
堅実な仕事ぶりで家計を支えながら、子どもたちのスケート活動を温かく見守ってきました。
2022年の北京オリンピックで美帆選手が金メダルを獲得した際には、地元幕別町の応援会場に初めて姿を現しています。
そこで愛徳さんは「コロナ禍の中、全国から応援していただき感謝しています」と謙虚にコメントされました。
普段は表舞台に出ることを好まない方のようですが、娘の活躍を誇らしく思う気持ちが伝わってきますね。
また、愛徳さんは「我が家は兄弟平等が教育方針」と語っており、姉妹がともにメダルを獲得するまでは素直に喜べなかったとも明かしています。
3人の子どもに対して公平に接する姿勢が印象的です。
母:美佐子さん
母親の美佐子(みさこ)さんは、介護施設で働きながら家庭を支えてきました。
学生時代には陸上競技をしていた経験があり、スポーツへの理解は深い方です。
美佐子さんは日常生活の中で、娘たちに自立心を育むよう工夫してきました。
高校生になった娘たちには、お弁当を自分たちで作らせるようにしたそうです。
高木美帆選手は後に「母、姉、私の3人で父の分も含めてお弁当を作っていました」と振り返っています。
当時は大変だったかもしれませんが、この経験が料理の腕前を磨くきっかけになったのですね。
美佐子さんは「何でもいいから継続できる習慣を身につけてほしい」という思いでスポーツをさせていたと語っています。
単に結果を求めるのではなく、継続する力を重視する考え方が素晴らしいと感じます。
両親の教育方針は?

高木家の教育方針は、次の3つの柱から成り立っています。
1. 子どもがやりたいことは極力やらせる 子どもの意思を最大限尊重し、本人が「やりたい」と言ったことにはチャレンジさせる方針です。この考え方のおかげで、姉妹はスケート以外にもサッカー少年団やヒップホップダンス教室にも通うことができました。
2. 自分で決めたことに責任を持たせる 自ら選んだ道には最後まで責任を持つよう教えてきました。この方針が、困難な状況でも諦めない精神力を育てたのでしょう。
3. コーチに託したら親は口出ししない 練習や試合の技術面については、コーチに全面的に任せるスタンスを貫いています。高木美帆選手は「勝ち負けに関しては何も言われなかった。ちょうどいい距離感で見守ってくれた」と語っており、適度な距離感が心地よかったようです。
この教育方針には感心させられます。
多くの親は子どもの活動に口を出しがちですが、高木家の両親は信頼して任せることを選びました。
スケートの費用面では大きな負担もあったはずですが、夫婦で協力して乗り越えてきたそうです。
家族の強い絆と信頼関係が、世界トップ選手を育てる土台になったのですね。
高木美帆の兄弟
高木美帆選手の兄弟は、兄の大輔さんと姉の菜那さんの3人きょうだいです。
兄がきっかけを作り、姉妹が互いに切磋琢磨しながら成長してきました。
兄:大輔さん
兄の大輔(だいすけ)さんは、高木家の子どもたちがスケートを始めるきっかけを作った人物です。
長野オリンピックで清水宏保選手が金メダルを獲得する姿に憧れ、「スケートをやりたい」と言い出したのが始まりでした。
当時小学1年生だった菜那さんと5歳の美帆選手も、兄の姿を見てスケートに興味を持ちます。
こうして高木家の3きょうだい全員がスケートの道に進むことになったのです。
大輔さん自身も選手として活動していましたが、現在は引退しています。
現在は北海道中川郡幕別町で中学校の保健体育教師として働きながら、スケートの指導も行っているそうです。
教育者として地域に貢献しながら、後進の育成にも力を注いでいる姿は立派ですね。
興味深いことに、きっかけとなった清水宏保さんと高木家は遠縁の親戚関係にあることが後に判明しています。
まさに運命的なつながりと言えるでしょう。
姉:菜那さん
2歳上の姉・菜那(なな)さんは、1992年7月2日生まれの元スピードスケート選手です。
7歳で兄の影響を受けてスケートを始め、全国中学校スケート大会女子1000mで優勝するなど、早くから才能を開花させました。
菜那さんの最大の功績は、2018年平昌オリンピックでの活躍です。
女子マススタートと女子団体パシュートの2種目で金メダルを獲得しました。
特に団体パシュートでは、妹の美帆選手とともに滑走し、日本初の姉妹金メダルという歴史的快挙を達成しています。
2022年4月5日に現役を引退した後は、スポーツキャスターやタレントとしてフリーランスで活動中です。
テレビ番組『ローカル路線バス乗り継ぎの旅W』ではリーダーを務め、明るく親しみやすいキャラクターで人気を集めています。
2026年ミラノ・コルティナ五輪では、NHKで解説を担当するなど、引退後も活躍の場を広げているのが印象的です。
姉妹の独特な関係性
高木姉妹の関係性は、単なる姉妹ではなく「ライバルであり仲間」という複雑で深いものがあります。
先にオリンピックデビューしたのは妹
2010年バンクーバーオリンピックに、当時15歳(中学3年生)だった美帆選手が出場しました。
菜那さんは現地で妹の姿を見ましたが、正直に「心から応援できなかった」と後に語っています。
「私もあの舞台で戦いたい」という思いが強かったそうです。
この複雑な感情は理解できますよね。
妹が先に夢を叶える姿を見るのは、姉として嬉しくもあり、悔しくもあったでしょう。
立場が逆転したソチオリンピック
4年後の2014年ソチオリンピックでは、立場が逆転します。
今度は菜那さんのみが代表入りを果たし、美帆選手は選ばれませんでした。
美帆選手は初めて大きな挫折を経験し、「練習に対する思いや行動の差が結果に表れる」と気づいたそうです。
この挫折が、美帆選手に新たな闘争心を芽生えさせました。
互いの立場を経験することで、二人はお互いの気持ちをより深く理解できたのではないでしょうか。
平昌で実現した姉妹金メダル
そして2018年平昌オリンピックで、ついに姉妹そろっての出場が実現します。
団体パシュートでは佐藤綾乃選手を含む3人で金メダルを獲得し、美帆選手は個人種目でも銀・銅メダルを手にしました。
菜那さんは記者会見で「妹が先にメダルを取ったことが刺激になった」と語っています。
美帆選手も「感情を素直に出せる姉から気づかされることがある」と率直に話しており、互いに認め合い、高め合う関係性が伝わってきます。
対照的な性格
性格は対照的で、菜那さんは「負けず嫌いで闘争心が強い」タイプ、美帆選手は「さばさばしてひょうひょうとしている」タイプだと言われています。
身長も菜那さんが155cm、美帆選手が164cmと差があり、菜那さんは「美帆ちゃんに妹がいたの?」と言われたこともあったそうです。
それでも菜那さんは引退時に「妹がいたからこそ世界で戦えた」と感謝の言葉を述べており、私生活では美帆選手が普通に甘えてくることもあるといいます。
競技では互いに刺激を与え合い、プライベートでは姉妹として支え合う。
そんなバランスの取れた関係性が、二人を強くしたのでしょう。
まとめ
高木美帆選手は、3人兄弟の5人家族で育ち、姉は元オリンピック金メダリストの高木菜那さんです。
兄の影響でスケートを始め、姉とはライバルでありながら最高の仲間として互いを高め合ってきました。
両親は子どもの自主性を尊重する教育方針を貫き、適度な距離感で見守り続けています。
家族全員がそれぞれの役割を果たし、深い絆で結ばれた高木家。
その温かい家族の存在が、高木美帆選手を世界トップアスリートへと導いたのです。





