8代目市川染五郎のwiki経歴と学歴!青山学院高校を中退し歌舞伎に専念!

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歌舞伎界の名門・高麗屋を継ぐ若き俳優として注目を集める8代目市川染五郎さん。

2005年生まれの彼は、わずか2歳で舞台デビューを果たし、12歳で現在の名跡を襲名しました。

本記事では、市川染五郎さんのwiki経歴や学歴について、幼少期から現在に至るまでの軌跡を詳しくご紹介します。

歌舞伎への情熱から青山学院高校を中退した決断の裏側にも迫ります。

市川染五郎のwiki経歴

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  • 本名:藤間齋(ふじま いつき)
  • 生年月日:2005年3月27日
  • 出身地:東京都
  • 屋号:高麗屋
  • 定紋:三つ銀杏
  • 身長:174cm

市川染五郎さんは、江戸時代から続く歌舞伎の名門に生まれ、物心つく前から舞台に立ってきました。

ここでは、彼の歌舞伎役者としての歩みを時系列で追っていきます。

初期のキャリアと襲名

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市川染五郎さんの舞台人生は驚くほど早くスタートしました。

2007年6月、まだ2歳だった彼は歌舞伎座『侠客春雨傘』で本名の藤間齋として初お目見えを果たします

このとき、祖父と父と共に高麗屋三代が揃い踏みする貴重な舞台となったのです。

2009年6月には4歳で歌舞伎座『門出祝寿連獅子』に出演し、四代目松本金太郎を襲名して正式に初舞台を踏みます

孫獅子の精を演じたこの舞台も、三代揃っての獅子の舞として大きな反響を呼びました。

幼いながらも堂々とした演技は、すでに将来への期待を感じさせるものだったそうです。

そして2018年1月、12歳のときに八代目市川染五郎を襲名

この襲名披露公演では、高麗屋にとって重要な演目である『勧進帳』で源義経という大役を務めています。

12歳でこの難役に挑戦したことは、本当にすごいことですね!

襲名後の躍進

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八代目を名乗ってから、市川染五郎さんは目覚ましい成長を遂げていきます。

2019年6月には三谷幸喜さん脚本・演出の新作歌舞伎『月光露針路日本 風雲児たち』に出演し、磯吉という重要な役を演じました。

ロシアに漂流した船乗りを演じる中で、ロシア語の台詞にも挑戦しています。

少年から大人へと変化していく役柄を見事に表現し、役者としての幅を広げたと高く評価されました。

2020年12月には国立劇場『雪の石橋』で獅子の精を演じ、歌舞伎興行での初主演を果たします。

この演技が認められ、国立劇場奨励賞を受賞しました。

さらに2022年6月、歌舞伎座『信康』で徳川信康役に挑戦し、歌舞伎座での初主演という大きな節目を迎えます。

若手ながら次々と重要な役柄を任されていく様子を見ると、その才能が本物であることがわかりますね!

高校中退し歌舞伎に専念

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市川染五郎さんは幼少期から「お芝居をすることが一番楽しい」と語り、歌舞伎への情熱を隠しませんでした。

しかし、学業との両立は容易ではありませんでした。

中学生の頃には「歌舞伎のセリフを覚えるより英単語を覚える方が大変」と語っていたそうです。

高校2年生のとき、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の撮影が重なり、多忙を極めるようになります。

声優やモデルなど活動の幅も急速に広がり、進級に必要な出席日数と成績を満たすことが困難に。

そして2022年5月、高校3年生への進級を前に青山学院高等部を中退したことが報じられます。

留年や転校という選択肢もあったはずですが、彼はあえて中退を選びました。

これは「芸事がおろそかになるくらいなら」という強い覚悟の表れでしょうね。

父の松本幸四郎さんも息子の決意を聞き、中退を認めたといいます。

歌舞伎役者として生きていく覚悟を示した、重要な決断だったと言えるでしょう。

活動領域

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市川染五郎さんの才能は歌舞伎の舞台だけにとどまりません。

2022年放送のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では木曽義高役を演じ、その美しい演技が大きな話題となりました。

儚げな美少年ぶりに、多くの視聴者が心を奪われたそうです。

2023年公開の映画『THE LEGEND & BUTTERFLY』では織田信長の小姓・森蘭丸役で出演し、第47回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞しています。

2024年からは『鬼平犯科帳』シリーズで長谷川銕三郎役を演じるなど、映像作品での活躍も目立ちます。

さらに2021年には劇場アニメ『サイダーのように言葉が湧き上がる』で声優デビューを果たしました。

2022年には化粧品ブランド「シュウ ウエムラ」の日本ブランドアンバサダーに就任するなど、ファッション分野でも注目されています。

2018年には写真集『儚 市川染五郎』を刊行し、2024年6月には公式ファンクラブを開設しました。

伝統芸能の世界に身を置きながら、現代的な表現にも積極的に挑戦する姿勢が印象的ですね。

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市川染五郎の学歴

ここからは、市川染五郎さんの学生時代について詳しく見ていきます。

彼がどのような学校生活を送り、なぜ高校を中退するに至ったのかを探ります。

小学生時代

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市川染五郎さんは青山学院初等部に入学しました。

青山学院は芸能人の子供が多く通う名門私立で、幼稚園から大学までの一貫校として知られています。

歌舞伎界でも青山学院出身者は多く、中村勘九郎さんや尾上菊之助さんなども同校の卒業生です。

2014年10月には、当時9歳だった染五郎さん(当時は松本金太郎)が父親や妹と共に『徹子の部屋』に出演しました。

この頃からすでに歌舞伎役者としての活動と学校生活を両立させていたことがわかります。

小学生時代は、まだ学業と芸事のバランスを取ることができていた時期だったようです。

名門校で学びながら舞台に立つ生活は、想像以上に大変だったでしょう。

中学生時代

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市川染五郎さんは青山学院中等部に内部進学します。

しかしこの時期から、学業と歌舞伎の両立に苦労し始めたようです。

中学進学後のインタビューで、彼は率直に勉強への苦手意識を語っています。

「歌舞伎のセリフを頭に入れるより英単語を覚える方がずっと大変」と語り、「勉強が世界になければもっとのびのび生きられるのに」という本音も漏らしていました。

一方で、歌舞伎の演目について文献で調べることは好きだったそうです。芸事への情熱は一貫していたことがわかります。

この頃、染五郎さんは「美少年」「美しすぎる歌舞伎界のプリンス」として注目を集めていました

13歳で写真集を発売するほどの人気ぶりだったといいます。

好きな教科は国語で、苦手なのは数学と英語だったそうです。

国語が得意だったのは、役者として本を読み込んだり人物の心情を掴んだりする訓練の成果かもしれませんね。

高校生時代

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市川染五郎さんは青山学院高等部に内部進学しましたが、高校3年生への進級を前に中退しています。

高校時代は、学校で「アイデンティティゲーム」という暗号解読ゲームにハマっていたそうです。

好きなキャラクターはLINEのブラウンで、マイケル・ジャクソンさんを崇拝していました。

高校時代の染五郎さんにとって、最も大きな出来事は中退の決断でしょう。

2021年から声優やモデルなど異業種の仕事が激増し、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の撮影も重なりました。

進級に必要な出席日数と成績を満たせなくなり、留年が濃厚になります。

しかし彼は留年や転校ではなく、あえて中退を選びました。「芸事がおろそかになるくらいなら」という強い思いがあったからです。

父の松本幸四郎さんも息子の覚悟を聞いて中退を認めたといいます。

本来ならエスカレーター式で青山学院大学まで進学できた環境を自ら捨て、歌舞伎役者として生きる道を選んだのです。

なお、1学年上で親友の市川團子さん(香川照之さんの長男)は青山学院大学に進学したと報じられています。

染五郎さんは人見知りな性格で、歌舞伎界でここまで仲が良いのは團子さんだけだったそうです。

共に大学に通えることを楽しみにしていただけに、中退には寂しい思いもあったかもしれません。

高校中退後は歌舞伎の舞台を中心に、映画やドラマの仕事も増えています。

2023年の映画『レジェンド&バタフライ』では日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞しました。

中退という決断が、結果的に彼の才能を開花させることになったと言えるでしょう。

まとめ

8代目市川染五郎さんのwiki経歴と学歴について見てきました。

2歳で舞台デビューし、12歳で襲名という華々しい経歴を持つ彼は、歌舞伎だけでなく映像作品や声優など多方面で活躍しています。

青山学院で学びながら芸事に励んできましたが、高校時代に歌舞伎への情熱から中退を決断しました。

この覚悟が、若き歌舞伎役者としての彼の成長を加速させたのでしょう。

今後の更なる活躍が楽しみですね。

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8代目市川染五郎のwiki経歴と学歴!青山学院高校を中退し歌舞伎に専念!

2025.12.23