2025年のM-1グランプリで見事優勝を果たしたお笑いコンビ「たくろう」の赤木裕さん。
賞金1000万円という大金を手にし、芸人としての夢を叶えました。
その成功の裏には、厳しくも温かく見守ってくれた家族の存在がありました。
赤木裕さんの家族構成はどうなっているのでしょうか。
両親の人柄や兄弟の有無、そして父親と母親それぞれの教育方針について詳しく紹介していきます。
赤木裕の家族構成
お笑い芸人として活躍する赤木裕さんは、父親、母親、そして姉という家族構成で育ちました。
賞金1000万円という大金を手にしたM-1優勝後のインタビューでは、家族への感謝を語っています。
赤木裕さんは賞金の使い道として、両親に50万円を贈ることを明かしていました。
さらに姉にも25万円を渡す予定だといいます。
家族全員を温泉旅行に連れて行き、それぞれの夢を叶えたいという思いも語られています。
決勝進出が決まった時には、いとこも含めた家族全員のグループLINEが大いに盛り上がったそうです。
厳しくも支えてくれた家族の存在が、赤木さんの芸人人生を支える大きな力となっているのですね。
赤木裕の父親
赤木裕さんの父親は、根性論を何よりも大切にする厳格な人物として知られています。
その厳しさを物語るエピソードは数多く残されているのです。
相方のきむらバンドさんが初めて赤木家へ挨拶に訪れた際のこと。
なんとトイレで隣り合わせになった父親から「きむらくん、しょんべんから血が滲むくらい努力せいよ!」という衝撃的な言葉をかけられたといいます。
この強烈な一言は、きむらバンドさんの記憶に深く刻まれました。
家庭での教育も徹底したものでした。
赤木裕さんが高熱を出して学校を休んだ日のことです。
その日はたまたま父親も休みで家にいたのですが、普段赤木裕さんが担当している洗濯物干しを代わってくれることはありませんでした。
高熱で苦しみながらも、赤木裕さんは泣きながら洗濯物を干したというエピソードが残っています。
本当に厳しい父親ですね。
しかし、芸人になりたいという息子の決断には意外にも理解を示しました。
京都産業大学に通っていた赤木さんがNSCへの入学を決めた時、「社会勉強になっていいんじゃないか」と背中を押してくれたのです。
厳しさの中にも、息子の可能性を信じる優しさがあったのでしょう。
赤木裕の母親
一方、母親は父親とは対照的に明るく寛容な性格の持ち主です。
天然な一面も持ち合わせており、家庭に笑いをもたらす存在でした。
赤木裕さんの中学生時代、実家には友達がよく集まっていたといいます。
その理由は、PlayStation 2やNINTENDO64といった人気ゲーム機が揃っていたからです。
毎日のように友人たちが訪れ、まるで溜まり場のような状態になっていました。
ある日、賑やかになった家の中で母親が突然「この家は遊園地ちゃうねんで!!」と叫んだそうです。
この一言が友達の間で大ウケし、いつしか「赤木のお母さんは遊園地の館長」という噂まで広まってしまいました。
赤木裕さん自身は「申し訳ない」と言いつつも、この母親の天然ぶりこそが自分の笑いの原点だと感謝しているといいます。
母親の明るさが家族全体を包んでいたのですね。
芸人への道を選んだ時も、母親は温かく見守ってくれました。
父親と同様に、息子の選択を尊重する姿勢を見せています。
勉強が得意ではなかった赤木さんですが、両親は決して夢を否定せず、応援してくれたのです。
赤木裕の両親の教育方針
赤木裕さんを育て上げた両親の教育方針には、それぞれ特徴的なアプローチがありました。
厳格さと寛容さという対極にある姿勢が、バランスよく赤木裕さんの人格形成に影響を与えています。
父親の教育方針
父親の教育方針は一言で表すなら「徹底したスパルタ教育」です。
甘えを一切許さず、自分のことは自分でやり遂げる精神を叩き込まれました。
日々の生活において、父親は決して手加減をしませんでした。
高熱で苦しんでいる息子に対しても、担当の家事を免除することはありません。
これは単なる厳しさではなく、困難な状況でも自分の責任を果たすことの大切さを教えるためだったのでしょう。
この教育が赤木裕さんにもたらした最大の影響は、強い反骨精神の育成です。
学生時代に野球部でマネージャーへの転向を余儀なくされた時、赤木裕さんの中には「今に見てろよ!」という思いが芽生えました。
この気持ちこそが、お笑いの世界で成功を掴む原動力となったのです。
きむらバンドさんも「スパルタなお父さん。でもそのお父さんのおかげでここまで来てるからね」と認めています。
赤木裕さん本人も、父親の厳しい教育があったからこそM-1決勝の舞台に立てたと感じているそうです。
厳しさは愛情の裏返しだったのですね。
母親の教育方針
母親の教育方針は「寛容さと自由」を重視したものでした。
子どもの自主性を尊重し、伸び伸びと成長できる環境を作り上げています。
友達が毎日のように家に集まる状況も、母親は広い心で受け入れていました。
「遊園地ちゃうねんで!」という天然発言も、本気で怒っているというより、むしろユーモアを交えた注意だったのかもしれません。
子どもたちの笑い声が絶えない家庭を、母親は心地よく感じていたのではないでしょうか。
芸人という不安定な職業を選んだ息子に対しても、母親は否定的な態度を取りませんでした。
父親と共に「社会勉強になる」という前向きな捉え方で送り出しています。
きむらバンドさんは「途中で辞めると思っていたのでは」と推測していますが、それでも反対しなかったことに母親の優しさが表れているのです。
父親の厳格さと母親の寛容さ、この二つの教育方針が絶妙に組み合わさることで、赤木裕さんは芸人として必要な反骨精神と明るさを身につけることができました。
両親の教育方針の違いが、むしろプラスに働いたといえるでしょう。
まとめ
赤木裕さんの家族構成は、父親、母親、姉という構成です。
父親は徹底したスパルタ教育で反骨精神を育て、母親は寛容な姿勢で自由な成長を見守りました。
両親は対照的な教育方針を持ちながらも、芸人への道を選んだ息子を温かく応援しています。
M-1グランプリ優勝という夢を叶えた今、赤木さんは賞金で両親への恩返しを考えているそうです。
家族の支えがあったからこその栄光ですね。







