スノーボードハーフパイプで世界のトップに立つ戸塚優斗選手。
横浜の公立校で育ちながら、わずか15歳で全日本王者に輝いた経歴は驚きの連続です。
本記事では、戸塚優斗選手のwiki風経歴と学歴を徹底的にまとめ、横浜から世界へ駆けあがった軌跡を紹介していきたいと思います。
Contents
戸塚優斗のwiki経歴
まずは戸塚優斗選手の基本情報を確認しておきたいと思います。
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戸塚優斗選手は2001年生まれの神奈川県横浜市出身で、2歳の頃からスノーボードに親しんできました。
母親がスノーボード愛好家だったことが競技を始めるきっかけとなっています。
現在はヨネックスに所属し、世界を舞台に活躍中です。
戸塚優斗選手のこれまでの競技人生は、まさに「天才」という言葉がふさわしいものです。
幼少期から頭角を現し、国内外の大会で数々のタイトルを手にしてきました。
ここからは、その歩みを時系列で振り返ります。
初期キャリアと神童の台頭
戸塚優斗選手がスノーボードを始めたのは、なんと2歳のとき。
母親の影響で雪山に連れ出され、物心がつく前からボードに乗っていたそうです。
小学3年生でハーフパイプに出会うと、その奥深さに魅了され本格的な練習をスタートしました。
練習拠点は山梨県のカムイみさかスキー場だったとのこと。
幼い頃からアイスホッケーやサーフィン、トランポリンなど多彩なスポーツにも取り組んでおり、こうした経験がバランス感覚や空中でのボディコントロールに活きているのでしょう。
小学5年生の時点でJSBA公認のプロ資格を取得しており、その早熟ぶりには本当に驚かされますね!
そして2017年、15歳で臨んだ全日本選手権で一気にブレイク。
元世界王者の青野令やソチ五輪銅メダリストの平岡卓といった実力者を退け、見事に初優勝を果たしました。
中学生にしてトップ選手を倒すこの快挙に、スノーボード界全体が衝撃を受けたのは間違いありませんね。
国際舞台での輝かしい実績
全日本制覇を足がかりに、戸塚優斗選手は世界の舞台でも圧倒的な存在感を放つようになります。
2017-18シーズンにFISワールドカップへ初参戦すると、開幕戦のニュージーランド大会でいきなり優勝。
そのシーズンで種目別総合王者の証であるクリスタルグローブまで獲得してしまったのですから、その勢いは凄まじいものがありました。
翌シーズンも総合優勝を達成し、2020-21シーズンには3度目のクリスタルグローブを手中に収めています。
通算で20回以上の表彰台に上がっており、世界トップクラスの安定感は折り紙つきです。
さらに特筆すべきは、ワールドカップ以外の主要大会でも結果を残している点でしょう。
2021年にはX Gamesで金メダルを獲得し、同年の世界選手権では96.25点という圧巻のスコアで頂点に立ちました。
2024年に新設されたThe Snow Leagueでも初代チャンピオンに輝くなど、あらゆる舞台でタイトルを総なめにしています。
個人的に、2020-21シーズンの出場全大会制覇という記録は、もっと注目されるべき偉業だと感じています。
オリンピックへの挑戦
これほどの実績を積み上げてきた戸塚優斗選手ですが、オリンピックではまだメダルに届いていません。
2018年の平昌大会には16歳で出場したものの、決勝で転倒し担架で運ばれる事態に。
最終結果は11位で、悔しい五輪デビューとなりました。
続く2022年の北京大会でも、金メダル候補と期待されながら本来の滑りを発揮できず10位に沈んでいます。
世界大会では無類の強さを見せる一方、五輪では力を出しきれないもどかしさが残る展開が続いてきました。
しかし、過去の悔しさこそが最大のモチベーションになるはず。
2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ大会では3度目の挑戦となり、すでに日本代表にも選出されています。
今度こそ悲願のメダル獲得なるか、大きな期待が寄せられているところです。
戸塚優斗の学歴
戸塚優斗選手は、地元横浜の公立小中学校から私立高校を経て体育系大学へ進むという、アスリートとしての王道ルートを歩んできました。
それぞれの時代を詳しく見ていきましょう。
小学生時代
戸塚優斗選手が通っていたのは横浜市立市沢小学校です。
この時期にすでにハーフパイプの練習へ没頭し始めており、スノーボード以外にもアイスホッケーやトランポリンなど複数の競技を経験していました。
多様なスポーツへの挑戦が、のちの空中技における身体操作能力の土台を築いたといえるでしょう。
小学5年生でプロ資格を取得したというエピソードは、当時からいかに突出した才能の持ち主だったかを物語っています。
中学生時代
中学は横浜市立西谷中学校に進学。
横浜市旭区にあるこの公立校に在籍しながら、戸塚優斗選手の実力は全国区へと一気に駆け上がっていきます。
2016年と2017年には全日本ジュニア選手権を連覇し、さらに2017年3月の全日本選手権では中学生ながらシニアの頂点を極めました。
中学生で全日本を制するというのは、技術面だけでなく精神面の成熟度も示していると思います。
高校生時代
高校は光明学園相模原高等学校に進みました。
1919年創立の歴史ある私立校で、戸塚優斗選手は普通科に所属しながら文武両道を目指しています。
高校1年生の秋にはワールドカップ初参戦で初優勝という離れ業をやってのけ、一躍時の人に。
さらに同じ年の平昌オリンピックにも16歳で出場を果たしました。
当時の担任だった脇野浩一教諭が3年間にわたり見守り続けたそうで、競技と学校生活の両立を支える環境があったことがうかがえます。
平昌で転倒した直後には、学校から応援していた生徒が電話をかけてきたというエピソードも残っており、仲間との絆が感じられる温かいお話です。
大学生時代
大学は日本体育大学体育学部体育学科へ進学しました。
学友会スキー部に所属し、体育学の専門知識を身につけながら競技力のさらなる向上に取り組んでいます。
大学在学中の成績は目覚ましく、2021年にはX Games初優勝と世界選手権制覇を達成。
北京五輪への出場や、The Snow League初代王者の称号も大学時代に手にした勲章です。
学業とトップレベルの競技を並行させるのは並大抵のことではなく、その努力と自己管理能力には頭が下がります。
まとめ
戸塚優斗選手は横浜の公立校で育ちながら、幼少期から培った才能と努力で世界のトップへと駆けあがったスノーボーダーです。
ワールドカップ総合3度制覇、X Games金メダル、世界選手権優勝など輝かしい経歴を持つ一方、オリンピックのメダルにはまだ手が届いていません。
2026年ミラノ大会での悲願達成に、日本中が注目しています。

